子どもの公共マナーって、「経験」や「習慣」も大事だと思う

オピニオン記事は得意ではないのですが、ちょっと気になったので、書いてみます。
最近話題の、銀座ウエストという老舗喫茶店のツイート。

このツイート自体も話題になりましたが、このあと障害のあるお子さんを持つ保護者から謝罪のメールがあったそうで、「親御様の気持ち次第で制御可能なお子様連れの問題と、障害をお持ちの方のケースとは全く次元の違う問題」とツイート(このツイートは削除済)したことでさらに話が大きくなったようです。

親御様の気持ち次第で制御可能なお子様

最初のツイート以上に火薬臭がしますね。

銀座ウエストさんの言いたいことは非常によくわかります。
悪気がないことも、お店のスタンスも理解できます。が。

最終的に「公共の場所で自分を制御できるお子様」ではなく「親御様の気持ち次第で制御可能なお子様」という言い方をしてしまったことで、「就学前とおぼしきお子様がアイスクリームの器を前にきちんと足を揃え、少し緊張してお座りになっているのは微笑ましいもの」という話が「子どもにとっての貴重な体験」ではなく「第三者の大人がつい微笑んでしまう姿」のことであったのかという印象が強くなり、小さな子どもを持つ親たちの激しい反発を買うことになりました。⇐長い文になってしまいました。すみません。

さて、ここからはわたしの体験談です。

親御様の気持ち次第で制御可能なお子様

この強烈な表現に対する反応を見ていると、「しつけがきちんとしていれば子どもはある程度制御できるはず」と「どんなにがんばっても制御できない子どももいる」という2種類が主です。

「しつけ」と「生まれつきの性質」、それは間違いではないと思います。
ただ、公共交通機関を使った子連れ旅行をしょっちゅうしている経験上、重要な要素が欠けていると感じました。

それは、「経験」。あるいは「習慣」。

靴のまま座席に上がってはダメ。
大きな声でお話してはダメ。
お料理が来たらいったんおもちゃは片付けよう。

こういったことは、親が言い聞かせるというしつけだけで身に付くものではないと思うのです。

公共交通機関を利用するたびに、親が靴を脱がせる。
もうちょっと小さな声でお話しようかと親も声をひそめる。
お料理がきたね、嬉しいねと言って親が机の上のおもちゃを片付ける。

こういった経験の繰り返しを経て、そういうものだと身体で覚えていく。
もちろん親が示す姿だけじゃなく、席を譲ってくれた優しい誰かや、急に大胆に背もたれを倒してきた誰かの姿も子どもの中に蓄積されていく。
マナーって、知識ではなくそういう経験の積み重ねで身に付く「習慣」ではないのかな、と。

もちろん「そもそも屋内が苦手!」とか「いったん泣きだしたら手が付けられない!」とかいうお子さんの性質の問題や、おしゃべりに夢中になって子どもを見ないというしつけの問題もあるのですが(飲食店の取材に行くとこっそりそういう愚痴を聞かされることはよくあります)、習慣だけで解決できることではないのですが。

でも、場数を踏むことで身に付くこともあるし、場数ってけっこう大事な要素だと思う!
いきなり銀座ウエストじゃなくて、気楽な場所から出かけてみようよ!

というのが、一連の騒動で感じたことでした。

ぜひお気軽にフォローしてください。
⇒ facebookはこちらです。
⇒ Twitterはこちらです。

<Sponsored Links>